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海外友好都市 ドナウエッシンゲン市(ドイツ連邦共和国)

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年1月31日更新

ドナウエッシンゲン市について

ドナウエッシンゲン市の概要

 ドイツ連邦共和国ドナウエッシンゲン市は、ドイツ南西部のバーデン=ヴュルテンベルク州に属する人口約21,000人、面積104.63k平方メートル、「黒い森」と呼ばれるシュバルツバルト(南北約160km、東西約30kmの広大な森)とスイスのジュラ山脈との間のフランスとスイスの国境にも近い町です。

ドナウエッシンゲン市位置地図

ドナウエッシンゲン市の特徴

 モミやドイツトウヒといった木々に囲まれた緑豊かな街は古くから東西南北の交通の拠点として栄え、保養地としても有名です。
 また、音楽にかかわりの深い町であり、世界的に有名なドナウエッシンゲン音楽祭が毎年10月に開かれています。

  フェルステンベルグ城 ドナウの泉 

 フェルステンベルグ城                     ドナウの泉                  

郷土の歌人・斎藤茂吉が縁

 上山市で生まれ育った歌人・斎藤茂吉は、大正11年から13年までヨーロッパに留学しました。はじめに留学したオーストリアのウィーンで見たドナウ川に、彼がこよなく愛したふるさとの母なる川「最上川」に通じる強い印象を受け、いつかドナウ川の源流を訪ねてみようと心に誓うのでした。
 その後、ドイツのミュンヘン大学へ移った茂吉は大正13年4月、休暇を利用してかねて強く望んでいたドナウ川源流の地を求めて川をさか上りました。そして、源流の地「ドナウエッシンゲン市」にたどり着いた茂吉は、同地に滞在して歌を詠み、後日、「ドナウ源流行」を綴ったのでした。 

斎藤茂吉

斎藤茂吉(1922)ゲーテ像前にて 斎藤茂吉(1923)ウィーンにて  茂吉(1951)晩年

ゲーテ像前にて(1922)        ウィーンにて(1923)          晩年(1951)

盟約の締結

 この斎藤茂吉の紀行を縁として、平成7年(1995年)3月21日、友好都市の盟約を締結しました。さらに、ドナウエッシンゲン市は、ドナウ川源流の地として知られているばかりでなく、世界的な保養地として有名な西ヨーロッパ最大の湖「ボーデン湖」や温泉保養地バーデンバーデンに近く、数多くの観光客が訪れること。さらに、世界的に権威のある国際馬術競技会や国際音楽祭が開催されるなど、スポーツや文化活動が盛んで、古くから温泉観光地としてにぎわってきた上山市と共通点が多いことも理由のひとつとなっています。

国際馬術競技会 国際音楽祭

国際馬術競技会                     国際音楽祭

上山市とドナウエッシンゲン市の交流について

市民訪問団の相互派遣

 友好盟約5周年、10周年のような節目の年に相互に市民訪問団を派遣しています。
 平成24年度は、横戸市長を団長とする25名の市民訪問団を派遣いたしました。

学生訪問団の相互派遣

 青少年の相互交流を促進し国際理解を深めることを目的として、1年ごとに交互に上山市学生訪問団の派遣、ド市学生訪問団の受け入れを行っています。
 平成25年は、7人の学生をドナウエッシンゲン市へ派遣しました。

茂吉の歌碑建立

 上山市とドナウエッシンゲン市との友好都市盟約締結5周年を記念して、2000年(平成12年)10月6日、ドナウエッシンゲン市内にある大河ドナウの源泉「ドナウの泉」に斎藤茂吉の歌碑が建立されました。
 これは、両市の交流が始まるきっかけとなった斎藤茂吉の業績を顕彰し、両市の末永い友好を誓い、ドナウエッシンゲン市の協力を得て上山日独友好協会と上山市が建立したもので、茂吉の歌碑は日本全国に数多くありますが、海外では初めてのものです。日本人観光客はもちろん、世界中からの観光客が「ドナウの泉」を訪れた際、興味深く歌碑を見ていきます。
※歌碑に刻まれている歌
(茂吉が大正13年4月にドナウ川源流で詠んだもの)
「大き河 ドナウの遠きみなもとを 尋(と)めつつぞ来て 谷のゆふぐれ」
 選歌と書体の指定は、ご子息の斎藤茂太氏によるものです。なお、歌碑には歌のドイツ語訳と茂吉の業績(左下)、盟約締結5周年を記念して建立する旨(右下)のドイツ語が刻まれています。

茂吉歌碑 茂吉歌碑2

茂吉歌碑

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