| 足跡 従来の旅人は歩を休め佇んだ| |

楢下宿めがね橋 |
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| 博物館蟹仙洞 |
栗川稲荷神社 |
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| 旧尾形家住宅 |
武家屋敷 |
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旧尾形家住宅
代々村の庄屋を務めていた尾形家の住居で、17世紀末の創建とされる堂々たる上層農家の建物です。“中門造り曲り家”と呼ばれる茅葺き屋根の大型民家で、釘類を一切使用しない“針なし工法"が採用されています。百坪を超える建物の内部には、栗材を用いた周囲が1メートル以上もある大黒柱、耐震に優れた石場建ての柱、もみがら・わら・うすべりなどを敷きこめた土間など建築史上貴重な意匠がほどこされています。昭和44年、国の重要文化財に指定されました。
現在は、時折室内コンサートなど文化的な催しも行われています。
楢下宿(めがね橋)
宮城県七ヶ宿から金山峠を越え、上山にぬける羽州街道の宿場町が楢下宿です。昔の街道の面影を伝え、平成7年には建設省の「歴史国道」に指定されました。江戸時代ここを宿場として参勤交代を行った藩は、新庄藩・庄内藤・秋田佐竹藩・津軽藩など奥州の13藩に及び宿場町としての繁栄を偲ばせます。今でもこの地域には「庄内屋」「秋田屋」と昔ながらの屋号で呼ぶ習慣が残っています。
集落の真ん中を流れる金山川には、明治13年、最先端技術を駆使して石造りの珍しいめがね橋がかけられ、落ち着いた情緒をかもし出しています。
楢下宿で脇本陣を務めた旧丹野家住宅(滝沢屋)は移築復元され資料館として往時の姿を伝えています。平成7年、県の有形文化財に指定されました。
浄光寺庭園
東北有数の名園とされるこの庭園は、上山温泉を発見した月秀上人の墓があることでも知られています。庭園は沢庵禅師作と伝えられ、自然の地形を活かした山を背景に、右は京都竜安寺の裏庭、左は桂離宮の庭をそれぞれ模したものと言われています。
この庭の池には春になると、どこからともなくたくさんのガマガエルがやってきて産卵することから別名“ガマ寺”とも呼ばれています。
栗川稲荷神社
幾重にも続く赤い鳥居を背をかがめながら通り抜けると、霊験あらたかな栗川稲荷神社が姿を現します。この稲荷は、元禄10年(1697)備中国庭瀬の城主松平信通公が転封で上山へ赴く途中、お稲荷さんのお告げで難を逃れたため奉納されたものと伝えられています。歴代藩主の崇敬も厚く、現在でも縁結び・商売繁盛・金運にご利益があるとして、東北はもちろん、関西方面からも参詣者を集めています。なお、赤い鳥居は信者から奉納されたもので、その数は千を超えます。人々の信仰の厚さが偲ばれます。
武家屋敷
寛永5年(1628)以降に建てられたとされ、外観は鍵型で玄関上に槍置場があるなど、武家社会の名残を今に伝えています。上山城の城下町として旧街道沿いに数軒建ち並び、坂を下りると旅館が並ぶ一角で、武士と町人が隣り合わせに住んでいた珍しい例です。なお、屋敷には現在もその子孫が生活しています。
Ancient Memories: The Historical and Cultural Legacy of Kaminoyama
There are various relics that speak of the history of Kaminbyama City
, vestiges that have been preserved and made public by people who value
history.
The Harusame-an is a hermitage in which the Zen monk Takuan once lived.
The Kaisendo Art Museum features a magnificent collection of Chinese and
Japanese craftworks. Other remaining relics, Iike the Naragejuku Inn, which
has been designated part of the "Historical Highway, " and the
former mansion of the Ogata Family, bear traces of when the city was a
post town. |